世に越後の七不思議と称する其の一ツ、
越後の国、魚沼郡五日町といふ駅に近き西の方に低き山あり、山の裾に
○按ずるに、地中に
註:
・[火覃]の字は、
参照リンク:
私の北越雪譜 雪中の火
単純翻刻
○雪中の火
世に越後の七不思議(なゝふしぎ)と称(しよう)する其一ツ浦原郡(かんばらこほり)妙法寺村の農家炉中(のうかろちゆう)の隅(すみ)石臼(いしうす)の孔(あな)より出(いづ)る火人皆(みな)奇(き)也として口碑(かうひ)につたへ諸書(しよしよ)に散見(さんけん)す此火寛文年中始(はじめ)て出(いで)しと旧記(きうき)に見えたれば三百余年の今において絶(たゆ)る事なきは奇中(きちゆう)の奇也天(てん)奇(き)を出(いだ)す事一ならずおなじ国の魚沼郡(うをぬまこほり)に又一ツの奇火(きくわ)を出(いだ)せり天公(てんたうさま)の機状(からくりのしかけ)かの妙法寺村の火とおなじ事也彼(かれ)は人の知(し)る所是は他国の人のしらざる所なればこゝに記(しるし)て話柄(はなしのたね)とす
越後の国魚沼郡(うをぬまこほり)五日町といふ駅(えき)に近(ちか)き西の方に低(ひく)き山あり山の裾(すそ)に小溝在(こみぞあり)天明年中二月の頃(ころ)そのほとりに童(わらべ)どもあつまりてさま/゛\の戯(たはむれ)をなして遊倦(あそびうみ)木の枝(えだ)をあつめ火を焚(たき)てあたりをりしに其所よりすこしはなれて別(べつ)に火燄々(えん/\)と燃(もえ)あがりければ児曹(こどもら)大におそれ皆々四方に逃散(にげちり)けりその中に一人の童(わらべ)家(いへ)にかへり事(こと)の仔細(しさい)を親(おや)に語(かたり)けるに此親(このおや)心ある者にてその所にいたり火の形状(かたち)を見るにいまだ消(きえ)ざる雪中に手(て)を入るべきほどの孔(あな)をなし孔(あな)より三四寸の上に火燃(もゆ)る熟覧(よく/\みて)おもへらくこれ正(まさ)しく妙法寺村の火のるゐなるべしと火口(ひぐち)に石を入れてこれを消(け)し家にかへりて人に語(かたら)ず雪きえてのち再(ふたゝび)その所にいたりて見るに火のもえたるはかの小溝(こみぞ)の岸(きし)也火燧(ひうち)をもて発燭(つけぎ)に火を点(てん)じ試(こゝろみ)に池中に投(なげ)いれしに池中(ちちゆう)火を出(いだ)せし事庭燎(にはび)のごとし水上に火燃(もゆ)るは妙法寺村の火よりも奇(き)也として駅中(えきちゆう)の人々来(きた)りてこれを視(み)るそのゝち銭に才(かしこき)人かの池のほとりに混屋(ふろや)をつくり筧(かけひ)を以て水をとるがごとくして地中の火を引き湯槽(ゆぶね)の竈(かまど)に燃(もや)し又燈(ともしび)にも代(かゆ)る池中の水を湯(ゆ)に[火覃](わか)し価(あたひ)を以て浴(よく)せしむ此湯硫黄(ゆわう)の気ありて能(よく)疥癬(しつ)の類(るゐ)を治(ぢ)し一時流行(いちじりうかう)して人群をなせり ○按(あんずる)に地中に水(すゐ)脉と火脉(くわみやく)とあり地は大陰(いん)なるゆゑ水脉は九分火脉は一分なりかるがゆゑに火脉は甚稀(はなはだまれ)也地中の火脉凝結(こりむすぶ)ところかならず気息(いき)を出(いだ)す事人の気息のごとく肉眼(にくがん)には見えず火脉(くわみやく)の気息(いき)に人間(にんげん)日用(にちよう)の陽火(ほんのひ)を加(くはふ)ればもえて焔(ほのほ)をなすこれを陰火(いんくわ)といひ寒火(かんくわ)といふ寒火を引(ひく)に筧(かけひ)の筒(つヽ)の焦(こげ)ざるは火脉の気いまだ陽火をうけて火とならざる気息(いき)ばかりなるゆゑ也陽火をうくれば筒の口より一二寸の上に火をなすこゝを以て火脉(くわみやく)の気息の燃(もゆ)るを知(し)るべし妙法寺村の火も是也是余(よ)が発明(はつめい)にあらず古書(こしよ)に拠(より)て考得(かんがへえ)たる所也
0 件のコメント:
コメントを投稿