2013年7月14日日曜日

北越雪譜 初編 巻之上 1.1.13.胎内潜 (たいないくぐり)

1.1.13.胎内潜 (たいないくぐり)

宿場 (しゅくば) と唱うる所は、家の前に (ひさし) を長くのばして架くる。大小の人家 (じんか) すべてかくのごとし。雪中はさら也、平日も往来 (ゆきき) とす。これによりて雪中の (ちまた) は用なきが如くなれば、人家の雪をここに積む。次第に重なりて両側の家の間に雪の (つつみ) を築きたるが如し。ここに於て所々に雪の (ほら) をひらき、庇より庇に通う。これを里言 (さとことば) に、胎内潜 (たいないくぐり) という。又、間夫 (まぶ) ともいう。間夫 (まぶ) とは、金掘 (かねほり) 方言 (ことば) なるを借りて用うる也。 [間夫の本義は妻妾 (さいしょう) 奸淫 (かんいん) するをいう]

宿外の家の続かざる処は、 (ひさし) なければ高低 (たかびく) をなしたる。かの雪の堤を往来 (ゆきき) とす。人の足立 (あしたて) がたき処あれば、一条の道を開き、春にいたり雪 (うづだか) き所は、壇層 (だんだん) を作りて通路の便とす。形、匣段 (はこばしご) のごとし。所の者はこれを登下 (のぼりくだり) するに、脚に慣れて一歩 (ひとあし) もあやまつ事なし。他国の旅人などは、怖る怖る移歩 (あしをはこび) 、かえって落つる者あり。おつれば雪中に身を (うず) む。視る人はこれを笑い、落ちたるものはこれを (いか) る。かかる難所 (なんじょ) を作りて、他国の旅客 (りょかく) (わずら) わしむる事、求めたる所為 (しわざ) にあらず。此れ雪を取除 (とりのけん) とするには、人力 (じんりき) 銭財 (せんざい) とを費やすゆえ、寸導 (せめて) は壇を作りて、 (みち) を開く也。そもそも初雪より歳を越て、雪消ゆるまでの事を繁細 (はんさい) (しる) さば、小冊には尽くしがたし。ゆえに省きてしるさざる事甚多し。



註:
・「家の前に庇を長くのばして架くる」とは、雁木造(がんぎづくり)のこと。現在のアーケード街のようなもの。

参照リンク: 山の暮らし再生機構 牧之通り!

・街(ちまた) 「岐」「巷」  とも書く。町の街路のこと。



参照リンク:
私の北越雪譜 胎内(たいない)くぐり



単純翻刻

○胎内潜(たいないくゞり)

宿場(しゆくば)と唱(となふ)る所(ところ)は家の前(まへ)に庇(ひさし)を長くのばして架(かく)る大小の人家(じんか)すべてかくのごとし雪中はさら也平日も往来(ゆきゝ)とすこれによりて雪中の街(ちまた)は用なきが如くなれば人家の雪をこゝに積(つむ)次第(しだい)に重(かさなり)て両側(りやうかは)の家の間(あひだ)に雪の堤(つゝみ)を築(きづき)たるが如(ごと)しこゝに於て所々(ところ/\)に雪の洞(ほら)をひらき庇(ひさし)より庇に通(かよ)ふこれを里言(さとことば)に胎内潜(たいないくゞり)といふ又間夫(まぶ)ともいふ間夫(まぶ)とは金掘(かねほり)の方言(ことば)なるを借(かり)て用(もち)ふる也 [間夫の本義は妻妾(さいせふ)の奸淫(かんいん)するをいふ] 宿外の家の続(つゞか)ざる処は庇(ひさし)なければ高低(たかびく)をなしたるかの雪の堤(つゝみ)を往来(ゆきゝ)とす人の足立(あしたて)がたき処あれば一条(でう)の道(みち)を開(ひら)き春にいたり雪堆(うづだか)き所は壇層(だん/\)を作りて通路(つうろ)の便(べん)とす形(かたち)匣段(はこばしご)のごとし所(ところ)の者(もの)はこれを登下(のぼりくだり)するに脚(あし)に慣(なれ)て一歩(ひとあし)もあやまつ事なし他国(たこく)の旅人(たびゝと)などは怖(おそ)る/\移歩(あしをはこび)かへつて落(おつ)る者(もの)ありおつれば雪中に身(み)を埋(うづ)む視(み)る人はこれを笑(わら)ひ落(おち)たるものはこれを怒(いか)るかゝる難所(なんじよ)を作りて他国の旅客(りよかく)を労(わづら)はしむる事求(もとめ)たる所為(しわざ)にあらず此雪を取除(とりのけん)とするには人力(じんりき)と銭財(せんざい)とを費(つひや)すゆゑ寸導(せめて)は壇(だん)を作りて途(みち)を開(ひら)く也そも/\初雪より歳を越て雪消(きゆ)るまでの事を繁細(はんさい)に記(しる)さば小冊には尽(つく)しがたしゆゑに省(はぶき)てしるさゞる事甚多し

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