凡そ雪九月末より降りはじめて、雪中に春を迎え正二の月は雪尚深し、三四の月に至りて次第に解け、五月にいたりて雪全く消えて夏道となる。 [年の寒暖によりて遅速あり] 四五月にいたれば、春の花ども一時にひらく、されば雪中に在る事、凡そ八ケ月、一年の間雪を看ざる事、僅かに四ケ月なれども、全く雪中に
農家はことさら夏の初より秋の末までに、五穀をも収むるゆえ、雪中に稲を刈る事あり。其の
さて雪中は廊下に [江戸にいう
註:
・「蓼中の虫・・・」は、「蓼食う虫も好き好き」からとられている。もともとの意味は、蓼のような苦い草を好んで食べる虫がいるように、人の好みも色々あるものだ。
・「胡馬北風に嘶・・・」は、「越鳥南枝に巣くい、胡馬北風に嘶く」からとられている。
南にある越の国の鳥は北国に飛んで来ても、南の枝に巣をつくり、北にある胡の国の馬は、北風を受けると嘶く。
出典「古詩十九首其一 行行重行行」
参照リンク: 行行重行行:別離の詩
・「くだ/゛\しければ」
国会図書館・信州大学・ヘルン文庫・早稲田大学・全て、「/゛\」濁点ある。
岩波文庫のみ「/\」濁点なし。
参照リンク:
私の北越雪譜 雪こもり
単純翻刻
○雪蟄(こもり)
凡(およそ)雪九月末より降(ふり)はじめて雪中に春を迎(むかへ)正二の月は雪尚深(なほふか)し三四の月に至(いた)りて次第に解(とけ)五月にいたりて雪全く消(きえ)て夏道(なつみち)となる [年の寒暖によりて遅速あり] 四五月にいたれば春の花ども一時(じ)にひらくされば雪中に在(あ)る事凡(およそ)八ケ月一年の間(あひだ)雪を看(み)ざる事僅(わづか)に四ケ月なれども全く雪中に蟄(こも)るは半年也こゝを以て家居(いへゐ)の造(つく)りはさら也万事(よろづのこと)雪を禦(ふせ)ぐを専(もつはら)とし財(ざい)を費(つひやし)力(ちから)を尽(つく)す事紙筆(しひつ)に記(しる)しがたし農家(のうか)はことさら夏の初より秋の末までに五穀(こく)をも収(をさむ)るゆゑ雪中に稲(いね)を刈(かる)事あり其忙(そのせはし)き事の千辛(しん)万苦(く)暖国の農業(のうげふ)に比(ひ)すれば百倍(ばい)也さればとて雪国に生(うまる)る者(もの)は幼稚(をさなき)より雪中に成長するゆゑ蓼中(たでのなか)の虫辛(むしからき)をしらざるがごとく雪を雪ともおもはざるは暖地(だんち)の安居(あんきよ)を味(あぢはへ)ざるゆゑ也女はさら也男も十人に七人は是(これ)也しかれども住(すめ)ば都(みやこ)とて繁花(はんくわ)の江戸に奉公する事年(とし)ありて後(のち)雪国の故郷(ふるさと)に皈(かへ)る者これも又十人にして七人也胡馬北風(こばほくふう)に嘶(いなゝ)き越鳥南枝(ゑつてうなんし)に巣(す)くふ故郷(こきやう)の忘(わすれ)がたきは世界の人情(にんじやう)也さて雪中は廊下(らうか)に [江戸にいふ店(たな)下] 雪垂(ゆきだれ)を [かやにてあみたるすだれをいふ] 下(くだ)し [雪吹(ふゞき)をふせぐため也] 窗(まど)も又これを用ふ雪ふらざる時は巻(まい)て明(あかり)をとる雪下(ゆきふる)事盛(さかん)なる時(とき)は積(つも)る雪家を埋(うづめ)て雪と屋上(やね)と均(ひとし)く平(たひら)になり明(あかり)のとるべき処なく昼(ひる)も暗夜(あんや)のごとく燈火(ともしび)を照(てら)して家の内は夜昼(よるひる)をわかたず漸(やうやく)雪の止(やみ)たる時雪を掘(ほり)て僅(わづか)に小窗(まど)をひらき明(あかり)をひく時は光明赫奕(くわうみやうかくやく)たる仏の国に生たるこゝち也此外雪篭(こも)りの艱難(かんなん)さま/゛\あれどくだ/゛\しければしるさず鳥獣(とりけだもの)は雪中食无(せつちゆうしよくなき)をしりて雪浅(あさ)き国へ去(さ)るもあれど一定(ぢやう)ならず雪中に篭(こも)り居(ゐ)て朝夕をなすものは人と熊と也
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