山より雪の
さて
山の地勢と日の照らすとによりて、なだるる処となだれざる処あり。なだるるは、かならず二月にあり。
するもの稀也。しかれども天の気候不意にして、一
或る人問うて曰く、雪の形六出 なるは、前に弁ありて詳らか也。雪頽 は雪の塊りならん。砕けたる形、雪の六出 なる本形 をうしないて方形 はいかん。答えて曰く、地気天に変格 して雪となるゆえ、天の円 と、地の方 なるとを併合 て、六出 をなす。六出 は円形 の裏也。雪、天陽 を離れて降り下り、地に皈 れば天陽の円 き象 うせて、地陰の方 なる本形 に象 る。ゆえに雪頽 は千も万も圭角 也。このなだれ、解けるはじめは角々 円 くなる。これ陽火の日にてらさるるゆえ、天の円 きによる也。
陰中に陽を包み、陽中に陰を抱くは天地定理中 の定格 也。老子経 第四十二章に曰く、万物負レ陰而抱レ陽冲気以為レ和 といえり。此の理を以てする時は、お内義 さま、いつもお内義さまでは、陰中に陽を抱かずして天理に叶わず。おりおりは夫に代わりて理屈をいわざれば、家内治まらず。さればとて、理屈に過ぎ牝鳥 且 をつくれば、これも又家内の陰陽前後して、天理に違 うゆえ、家の亡ぶるもと也。万物 の天理誣 うべからざる事かくのごとしといいければ、問客 唯々 として去りぬ。雪頽 悉 く方形 のみにもあらざれども、十にして七八は方形をうしなはず。故に此の説を下せり。雪頽の図多く方形に从 うものは、其の七八をとりて模様を為すのみ。
北越雪譜初編巻之上終
註:
・其のひびき: 本文では、其ひゝき「ゝ」濁点なし。
・里人(さとびと): 本文では、里人(さとひと)「ひ」濁点なし。
参照リンク:
私の北越雪譜 雪頽
単純翻刻
○雪頽(なだれ)
山より雪の崩頽(くづれおつる)を里言(さとことば)に「なだれ」といふ又なでともいふ按(あんずる)になだれは撫下(なでおり)る也「る」を「れ」といふは活用(はたらかする)ことばなり山にもいふ也こゝには雪頽(ゆきくづる)の字(じ)を借(かり)て用(もち)ふ字書(じしよ)に頽(たい)は暴風(ばうふう)ともあればよく叶(かな)へるにやさて雪頽(なだれ)は雪吹(ふゞき)に双(ならべ)て雪国の難義(なんぎ)とす高山(たかやま)の雪は里よりも深(ふか)く凍(こほ)るも又里よりは甚(はなはだ)し我国東南の山々里(さと)にちかきも雪一丈四五尺なるは浅(あさ)しとす此雪こほりて岩のごとくなるもの二月のころにいたれば陽気(やうき)地中より蒸(むし)て解(とけ)んとする時地気と天気との為(ため)に破(われ)て響(ひゞき)をなす一片(へん)破(われ)て片々(へん/\)破る其ひゝき大木を折(をる)がごとしこれ雪頽(なだれ)んとするの萌(きざし)也山の地勢(ちせい)と日の照(てら)すとによりてなだるゝ処(ところ)となだれざる処ありなだるゝはかならず二月にあり里人(さとひと)はその時をしり処をしり萌(きざし)を知(し)るゆゑになだれのために撃死(うたれし)するもの稀(まれ)也しかれども天の気候(きこう)不意(ふい)にして一定(ぢやう)ならざれば雪頽(なだれ)の下に身を粉(こ)に砕(くだく)もあり雪頽(なだれ)の形勢(ありさま)いかんとなればなだれんとする雪の凍(こほり)その大なるは十間以上小なるも九尺五尺にあまる大小数百千悉(こと/゛\)く方(しかく)をなして削(けず)りたてたるごとく [かならず方(かく)をなす事下に弁(べん)ず] なるもの幾千丈の山の上より一度(ど)に崩頽(くづれおつ)るその響(ひゞき)百千の雷(いかづち)をなし大木を折(をり)大石を倒(たふ)す此時はかならず暴風(はやて)力をそへて粉に砕(くだき)たる沙礫(こじやり)のごとき雪を飛(とば)せ白日も暗夜(あんや)の如くその慄(おそろ)しき事筆帋(ひつし)に尽(つく)しがたし此雪頽(なだれ)に命(いのち)を捨(おと)しし人命を拾(ひろひ)し人我が見聞(みきゝ)したるを次(つぎ)の巻(まき)に記(しる)して暖国(だんこく)の人の話柄(はなしのたね)とす
或人問曰(あるひととふていはく)雪の形(かたち)六出(むつかど)なるは前(まへ)に弁(べん)ありて詳(つまびらか)也雪頽(なだれ)は雪の塊(かたまり)ならん砕(くだけ)たる形(かたち)雪の六出(むつかど)なる本形(ほんけい)をうしなひて方形(かどだつ)はいかん答(こたへ)て曰(いはく)地気天に変格(へんかく)して雪となるゆゑ天の円(まるき)と地の方(かく)なるとを併合(あはせ)て六出(むつかど)をなす六出(りくしゆつ)は円形(まろきかたち)の裏(うら)也雪天陽(てんやう)を離(はなれ)て降下(ふりくだ)り地に皈(かへれ)ば天陽(やう)の円(まろ)き象(かたどり)うせて地陰(いん)の方(かく)なる本形(ほんけい)に象(かたど)るゆゑに雪頽(なだれ)は千も万も圭角(かどだつ)也このなだれ解(とけ)るはじめは角々(かど/\)円(まろ)くなるこれ陽火(やうくわ)の日にてらさるゝゆゑ天の円(まろき)による也陰中(いんちゆう)に陽(やう)を包(つゝ)み陽中(やうちゆう)に陰(いん)を抱(いだく)は天地定理中(ぢやうりちゆう)の定格(ぢやうかく)也老子経(らうしきやう)第四十二章(しやう)に曰(いはく)万物負レ陰而抱レ陽冲気以為レ和(ばんぶついんをおびてやうをいだくちゆうきもつてくわをなす)といへり此理(り)を以てする時はお内義(ないぎ)さまいつもお内義さまでは陰中(いんちゆう)に陽を抱(いだか)ずして天理(てんり)に叶(かなは)ずをり/\は夫(をつと)に代(かは)りて理屈(りくつ)をいはざれば家内治(かないおさまら)ずさればとて理屈(りくつ)に過(すぎ)牝鳥(めんどり)且(とき)をつくればこれも又家内の陰陽(いんやう)前後(ぜんご)して天理(てんり)に違(たが)ふゆゑ家の亡(ほろぶ)るもと也万物(ばんぶつ)の天理誣(しふ)べからざる事かくのごとしといひければ問客(とひしひと)唯々(い/\)として去(さ)りぬ雪頽(なだれ)悉(こと/゛\)く方形(かどだつ)のみにもあらざれども十にして七八は方形をうしなはず故(ゆゑ)に此説(せつ)を下(くだ)せり雪頽の図(づ)多く方形に从(したが)ふものは其七八をとりて模様(もやう)を為(な)すのみ
北越雪譜初編巻之上終
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