2013年7月13日土曜日

北越雪譜 初編 巻之上 1.1.06.初雪 (はつゆき)

1.1.06.初雪 (はつゆき)

暖国 (だんこく) の人の雪を賞翫 (しょうかん) するは、前にいえるがごとし。江戸には雪の降らざる年もあれば、初雪はことさらに美賞 (びしょう) し、雪見の船に哥妓 (かぎ) を携え雪の茶の湯に賓客 (ひんきゃく) を招き青楼 (せいろう) は雪を居続けの (なかだち) となし、酒亭 (しゅてい) は雪を来客の嘉瑞 (かずい) となす。雪の (ため) に、種々の遊楽 (ゆうらく) をなす事、枚挙 (あげてかぞえ) がたし。雪を賞するの甚だしきは、繁花 (はんか) のしからしむる所也。雪国の人これを見、これを聞きて羨まざるはなし。我国の初雪を以てこれに比ぶれば、楽しむと苦しむと雲泥のちがい也。

そもそも越後国は、北方の陰地 (いんち) なれども、一国の内、陰陽 (いんよう) を前後す。いかんとなれば天は西北にたらず、ゆえに西北を陰とし、地は東南に足らず、ゆえに東南を陽とす。越後の地勢は、西北は大海に対して陽気也。東南は高山 (こうざん) 連なりて陰気也。ゆえに西北の郡村 (ぐんそん) は雪浅く東南の諸邑 (しょゆう) は雪深し。是阴阳 (いんよう) の前後したるに似たり。我が住む魚沼郡 (うおぬまこおり) は、東南の (いん) 地にして・巻機山 (まきはたやま) 苗場山 (なえばやま) 八海山 (はっかいさん) ・牛が嶽・金城山 (きんじょうさん) ・駒が嶽・兎が嶽・浅艸山 (あさくさやま) (とう) の高山其の余、他国に聞こえざる山々波濤 (はとう) のごとく、東南に連なり大小の河々 (かわがわ) 縦横 (たてよこ) をなし、陰気充満 (いんきじゅうまん) して雲深き山間 (やまあい) の村落なれば、雪の深きをしるべし。 [冬は日、南の方を (めぐる) ゆえ、北国はますます寒し。家の内といえども北は寒く南はあたたかなると同じ道理也]

我が国、初雪を視る事遅きと速きとは、其の年の気運寒暖 (きうんかんだん) につれて、均しからずといえども、およそ初雪は九月の末十月の (はじめ) にあり。我が国の雪は鵞毛 (がもう) をなさず。降る時はかならず粉砕 (こまかき) をなす。風又これを助く、故に一昼夜に積所 (つもるところ) 六七尺より一丈に至る時もあり。往古 (むかし) より今年にいたるまで、此の雪此の国に降らざる事なし。されば暖国の人のごとく、初雪を観て吟詠遊興 (ぎんえいゆうきょう) のたのしみは夢にもしらず、今年も又、此の雪中 (ゆきのなか) に在る事かと、雪を悲しむは辺郷 (へんきょう) 寒国 (かんこく) に生まれたる不幸というべし。雪を観て楽しむ人の繁花の暖地に生まれたる天幸を羨まざらんや。



註:
八海山(はっかいさん) (はっかいざん)
牛が嶽(うしがたけ) (うしがだけ)
金城山(きんじょうさん) (きんじょうざん)
駒が嶽(こまがたけ) (こまがだけ)
兎が嶽(うさぎがたけ) (うさぎがだけ)

国会図書館・信州大学の改訂版では、山(さん) 嶽(たけ) 濁点なし。
ヘルン文庫・早稲田大学の初版では、山(ざん) 嶽(だけ) 濁点あり。


陰陽のイメージ図
陰陽
「北西は陰」 「東南は陽」

陰陽北陸
越後の海沿いは、北西の海に対して陽。山側は陰。
陰陽は相対的なものなのであろう。



参照リンク:
私の北越雪譜 初雪



単純翻刻

○初雪(はつゆき)

暖国(だんこく)の人の雪を賞翫(しやうくわん)するは前にいへるがごとし江戸には雪の降(ふら)ざる年もあれば初雪はことさらに美賞(びしやう)し雪見の船(ふね)に哥妓(かぎ)を携(たづさ)へ雪の茶(ちや)の湯(ゆ)に賓客(ひんかく)を招(まね)き青楼(せいろう)は雪を居続(ゐつゞけ)の媒(なかだち)となし酒亭(しゆてい)は雪を来客(らいかく)の嘉瑞(かずゐ)となす雪の為(ため)に種々(しゆ/゛\)の遊楽(いうらく)をなす事枚挙(あげてかぞへ)がたし雪を賞(しやう)するの甚(はなはだ)しきは繁花(はんくわ)のしからしむる所也雪国の人これを見これを聞(きゝ)て羨(うらやま)ざるはなし我国の初雪を以てこれに比(くらぶ)れば楽(たのしむ)と苦(くるしむ)と雲泥(うんでい)のちがひ也そも/\越後国は北方の陰地(いんち)なれども一国(いつこく)の内陰陽(いんやう)を前後(ぜんご)すいかんとなれば天は西北にたらずゆゑに西北を陰(いん)とし地は東南に足(たら)ずゆゑに東南を陽(やう)とす越後の地勢は西北は大海に対(たい)して陽気也東南は高山連(かうざんつらな)りて陰気也ゆゑに西北の郡村(ぐんそん)は雪浅(あさ)く東南の諸邑(しよいふ)は雪深(ふか)し是阴阳(いんやう)の前後(ぜんご)したるに似(に)たり我住魚沼郡(わがすむうをぬまこほり)は東南の阴(いん)地にして・巻機山(まきはたやま)・苗場山(なへばやま)・八海山(はつかいさん)・牛(うし)が嶽(たけ)・金城山(きんじやうさん)・駒(こま)が嶽(たけ)・兎(うさぎ)が嶽(たけ)・浅艸山(あさくさやま)等(とう)の高山其余他国(かうざんそのよたこく)に聞(きこ)えざる山々波濤(はたう)のごとく東南に連(つらな)り大小の河々(かは/゛\)も縦横(たてよこ)をなし陰気充満(いんきじゆうまん)して雲深(ふか)き山間(やまあひ)の村落(そんらく)なれば雪の深(ふかき)をしるべし [冬は日南の方を周(めぐる)ゆゑ北国はます/\寒し家の内といへども北は寒く南はあたゝかなると同じ道理也] 我国初雪(はつゆき)を視(み)る事遅(おそき)と速(はやき)とは其年(そのとし)の気運寒暖(きうんかんだん)につれて均(ひとし)からずといへどもおよそ初雪は九月の末(すゑ)十月の首(はじめ)にあり我国の雪は鵞毛(がまう)をなさず降時(ふるとき)はかならず粉砕(こまかき)をなす風又これを助(たす)く故(ゆゑ)に一昼夜(ちうや)に積所(つもるところ)六七尺より一丈に至(いた)る時もあり往古(むかし)より今年(ことし)にいたるまで此雪此国に降(ふら)ざる事なしされば暖国(だんこく)の人のごとく初雪を観(み)て吟詠遊興(ぎんえいいうきよう)のたのしみは夢(ゆめ)にもしらず今年(ことし)も又此雪中(ゆきのなか)に在(あ)る事かと雪を悲(かなしむ)は辺郷(へんきやう)の寒国(かんこく)に生(うまれ)たる不幸といふべし雪を観(み)て楽(たのし)む人の繁花(はんくわ)の暖地(だんち)に生(うまれ)たる天幸を羨(うらやま)ざらんや

0 件のコメント: